東京地検特捜部の容疑切り替えに振り回されながら取材進行。

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こんにちは。ビジネス出版部のからまるです。

214942-2.gif秋山直紀さんの取材は、東京地検特捜部の動きをつねに気にしながら進めました。著書『防衛疑獄』の冒頭に描写されているのですが、昨年秋に、検察は秋山さんの事務所を家宅捜索し、関連資料を、紙だけでなくパソコンの中身までごっそりと押収していきました(からまるの名刺も持って行かれたんでしょう)。この段階から、からまるたちの取材が始まった頃まで、検察は元防衛大臣に山田洋行から裏金が流れたという図柄を描く中で、秋山さんをその仲介者にして贈収賄が行われた疑獄事件として捜査していたと思われました。

しかし、秋山さんのところには、その家宅捜索以来、一度としてコンタクトがなかったのです。秋山さんは捜査に応じる態度だったのにもかかわらず、本当に、一度として。

つまり検察は贈収賄を諦めた。そう思われ、からまるたちもやや弛緩していた連休明け、今度は秋山さんの顧問先米国法人から日本へのお金の流れが調べられて、検察は外為法違反として改めて事件化するという話が伝わってきました。当時の特捜部長の人事異動までに起訴を終えるという日程(そのときは6月末)から逆算された逮捕へのタイムスケジュールまで伝わり、本人は「そんなことできるわけがない」といたって呑気に構えていましたが、からまるは、それまでに取材が終わるのだろうかとカレンダーとにらめっこをするようになりました。

けれども、その「予定日」になっても検察の動きが伝わらず、外為法違反も諦めたのだろうかと一同、胸をなでおろし、秋山さんの逮捕はないという雰囲気の中で取材を終えたのでした。

そこから今度は原稿作成にかかり、できた草稿を秋山さんに渡し、仕上げてもらいます。この間に、今度は検察は脱税容疑に切り替え、さらに特捜部長の人事異動が8月末になったという情報が入ってきます。マスコミに再び秋山さんの名前が出始めた頃に原稿はいったん完成したわけですが、そこからの検察の動き本当にあっという間でした。先日書いたように、完成した原稿を精査し、秋山さんとパレロワイヤル永田町で最後の打ち合わせをしたのが7月23日の午後2時、さらに出てきた疑問点を電話で詰めたのが翌日の正午頃。この直後、任意の聴取に応じて秋山さんは事務所前からタクシーに乗り、そのまま逮捕されたのでした。

こんなふうに、秋山さんの取材が始まってから2回、検察は容疑事実を変え、からまるたちも2回、ほっとしたかと思うとまた緊張するという繰り返しでした。しかし東京地検特捜部は、最初は政界への裏金を捜査していたのにその事実がなく個人の脱税に切り替えたこの間の方針転換について、整合的な説明をしたのでしょうか?

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このページは、karamaruが2008年9月18日 12:20に書いたブログ記事です。

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