それでも裁判員やりますか?(いや、やらなきゃいけないのですが)

|

こんにちは。ビジネス出版部のからまるです。

昨夜は昔なじみの経済ジャーナリストさんと浅草の洋食レストランで業界四方山話に花を咲かせました。出版市場はどんどん小さくなっているのに、出版業界で働く人間は逆にどんどん忙しくなるばかり。そんな苦労話をかわしながら、ふとからまる思いました。こんな状況で「裁判員」になったらどうしよう......。

この5月から裁判員制度がスタートするのは周知の通りで、ひょっとしてこれをご覧の方の中には、すでに「指名」のお知らせが届いている方がいるのかもしれませんね。

今日、無期懲役の一審判決が出た江東女性殺害事件の公判では、検察側が詳細なバラバラの遺体写真などを証拠として提出し、遺族関係者の方が耐えきれずに一時法廷から出られたことが報じられました。裁判員になったら、そういう証拠にも立ち向かわなければいけません。法曹界には、あまりに残酷な写真などの提出には裁判員に対する配慮があるべきだという議論もあるようですが。。

裁判員制度スタート直前という視点で今回の江東女性殺害事件の一審判決を見ると、まず、まるで裁判員制度のシミュレーションのように重大刑事事件をスピード審理していく裁判の運営には、裁判は時間がかかるというのが常識になっていた法学部出身のからまるには、ちょっとした驚きですね。それと、こればかりはじっさいに裁判員制度の運用が始まらないとわかりませんが、これほど残酷な殺人事件に対しては、裁判官はともかく少なくとも裁判員のあいだでは、無期懲役よりも死刑の判断が増加するような気もします。

そういったモヤモヤっとした疑問にペンで斬り込んだノンフィクション作家の青沼陽一郎さんの本をいま準備中です。青沼さんの執念の調査ではじめてわかった、この制度の根本的ないかがわしさもたっぷり書かれています。「それでも裁判員やりますか?」と言いたくなってしまう実態(いやもちろん正当な理由なくして裁判員は断れないのですが)。その話はまた、追々。

このブログ記事について

このページは、karamaruが2009年2月18日 13:44に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「自宅と仕事場は分けなさい。」です。

次のブログ記事は「「裁判員ネコさん」なんて「符号」もあり?」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

カテゴリ

月別 アーカイブ

ウェブページ

Powered by Movable Type 6.2.4