『電子書籍の衝撃』の「日本の出版文化はなぜダメになったのか」の現場的違和感その2。

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こんにちは。講談社BIZのからまるです。

昨日の続きで佐々木俊尚さんの『電子書籍の衝撃』(ダウンロード公開版、ディスカヴァー・トゥエンティワン刊)の「日本の出版文化はなぜダメになったのか」をネタにしますね。

佐々木さんは出版社が自転車操業状態(どうしてそうなるのかは本を読んでいただくとして)のため手軽で似たり寄ったりの自己啓発書を次々に乱造することになっていると指摘されています。たしかにそういう状態があることはあるのですが、そうでないところもあるのです。

まず、自己啓発書が手軽に作れるかという点について。

たとえば自己啓発書のベストセラーメーカーである苫米地英人さんの本をからまるはこれまで3冊作っています。それはもちろん、部数が確保できるから複数の本を作っているわけで、そこは供給側の論理と言われてしまうかもしれませんが、編集者たちは読者の方々の期待に応えられる内容を作り上げるのに相当な苦労をしているのです。

もし手軽に見えるなら、それは理解しやすさと読みやすさを編集者が徹底的に追求しているからです。著者の考え方を読みやすく伝えるには、テーマの設定、一貫性がある流れの構成、素材と主張とのバランスなど配慮するポイントはいくつもあります。作業的に手軽に作れるわけがありませんし、次々に企画が出てくるものでもありません。からまるも昨日挙げた本とは別次元の入念な編集作業を強いられています。この過程を経て編集者はかなり成長しますので、これで「ダメになった」と言われても頷く編集者は一人もいないでしょう。

でも、悩ましいのは、たしかに高い返品率をカバーするために新刊本を製造するという考え方の出版社と、返品率を押さえていこうとする出版社の両方があって、同一の著者の方で同じような販売データが上がってきても製造部数が違ってしまうことがあり(むろん後者のほうが少なくなる)、著者の方にお支払いする印税額で見ると、前者のほうが高くなるというところですね。つまり、うーーーんと想像力をたくましくすると、自転車操業状態の出版社のほうに売れっ子の著者の方が集まるということになってしまいかねません。

これは本当に悩ましい。印税率が業界の慣行で10%に決まっているケースが多いことが、電子書籍が広く普及する今後、いろいろな議論を生んでいくのだろうと思います。「電子書籍の衝撃」とは、本の製造コストの革命であり、収支配分の見直しでもあると思うからです。

このブログ記事について

このページは、karamaruが2010年4月14日 18:36に書いたブログ記事です。

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