「頭の良い教養書」対「おバカな自己啓発書」。

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こんにちは。講談社BIZのからまるです。

昨日までネタにさせてもらった佐々木俊尚さんの『電子書籍の衝撃』で、じつはいちばん違和感を覚えるのは、そこに垣間見える対立構造なのです。正確を期していうと、対立構造で語るのは著者の方の著述のしやすさ、読者の方の理解のしやすさからは当然だと思いますので、佐々木さんがそうするのはいいのですが、業界内の人がここに書かれたような構造で語ることがあるように思えるので違和感を抱くのです。

たとえば、昨日も書いた、自己啓発書は租税乱造された本という見方。ここにもニューアカ・ブームの頃に流行した本が「知的レベルの高い人が読む教養書」で、最近の自己啓発書が「おバカな人が読む消費財的な非教養書」という隠れた対立構造がイメージされているように思います。

その奥には、「教養書」が売れず、それを出版社が敬遠しているのが問題で、だから電子出版市場が拡大すれば「教養書」が復権してくるはずだ、そうすれば「教養書」を供給しなかった出版社なんていらなくなる、という見方が横たわっているような気がします。知的レベルが高い原稿は、自己啓発書ばかり作っているおバカな編集者にはさっぱり理解できないから世に出なかったのだ、電子書籍でそれが変わるのだ、というように世間では見られているのかもしれませんね。

でも、だからといって、自己啓発書ばかり出している旧来型の出版社なんて電子出版によって淘汰されて当然、といわんばかりの議論(たとえば先日ご紹介したコメント)はどうなんでしょうか。そんなところにまで対立構造を持ち込むとしたら、それは供給者の身勝手さを批判された既成の出版社と同根の、読者不在の供給者の論理だと思うのです。そこに何の未来があるのでしょうか?

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このページは、karamaruが2010年4月15日 18:35に書いたブログ記事です。

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