紙もデバイスである、本という端末である。

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こんにちは。講談社BIZのからまるです。

今日の新聞などでも報じられているように、昨日、講談社で作家の京極夏彦さんが、新刊『死ねばいいのに』のiPad版電子書籍を制作・販売することについて記者会見しました。そのとき発表された「所見」は、全文ここに転載したいくらい。これまでこの日記でも書いてきた電子書籍の考え方を、何倍も雄弁な語り口と認識で示してくれています。

でもそれは同時に編集者に覚悟をせまるものでもあります。たとえば、次のような箇所。

 

「テキストは、音楽に例えるなら楽譜に過ぎません。奏者なくして音楽はエンドユーザーに提供されることはないでしょう。書籍作りに携わるすべての人々こそがその奏者となるのです。そして編集者は、書籍という音楽の要となるコンダクターに他なりません。優れた譜面を書いたとしても、それをそのまま一般の聴衆に提供して「理解 しろ」というのは無理な相談です。それでビジネスが成り立つと考えているならば、それは作り手の傲慢でしかないでしょう」。

 

作り手はこれだけ覚悟しているんだよ。ちゃんとコンダクターたり得ているの、キミたちは?

......という編集者に対するメッセージだとからまるは感じましたね。紙の本だろうが電子書籍だろうが、編集者がやらなければいけないことは同じなのです。むしろこれからは、紙もデバイスである、本という端末である、くらいの気持ちで取り組まないといけないのだと思います。そうすれば、電力という環境に依存しない端末という、紙の本の持つ素晴らしさが再発見できるし。

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このページは、karamaruが2010年5月21日 13:19に書いたブログ記事です。

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