家族や音楽が与える幸福が、経済が与える幸福を上回れなくていいのか?

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こんにちは。講談社BIZのからまるです。

この日記はプライベートなことはほとんど書いてこなかったのですが、今回ばかりは話のきっかけとして我慢してお読み下さい。

昨晩、いつものようにNHKの「龍馬伝」を見終わった後、家で飼っている犬の散歩に出ました。散歩といっても13歳の老犬でして、ほとんど歩かないのですが、どういうわけかこの晩は、ふらふらした足取りながらいつもと違う方向へ、いつもと違って遠くまで歩いていきます。変だな、と思いました。

すると、その歩いた先にあったゴミ出し場にまったく分別されていない大量のゴミが置いてあり、クラシック音楽のLPが段ボール箱に入って150枚くらい捨てられています。ふと見ると、その近くのアパート一階にある一室の玄関前にも家財道具を含むたくさんのゴミが放置され、玄関のドアからホースが突き出し、室内を入念に洗浄した形跡があります。

最悪の推測をすれば、この部屋に住んでいた方はもうこの世にいないか、あるいは失踪したのかもしれません(管理人がおらず、管理事務所の電話番号も見あたらないので確認できません)。でも、からまるも大好きなクラシック音楽のLPが大量に投棄されているのを見過ごすことはできません。さんざん迷ったのですが、からまるはいったん帰宅した後、家から台車を持ち出して、その罪のないLPたちを積んで持って帰りました(まったく霊を見たことがないからまるも、さすがに段ボール箱だけは元に戻しましたが)。。

この人は古典好きと見えて、ハイドンやベートーヴェンがかなり多かったのですが、早速そのうちの数枚を聴きながら、もしこの人がこの世から姿を消したなら、かれらの音楽は、この人に幸福を与え、この世に留める力がなかったのかと思ったのでした。アパートの形跡から、この人は自分で会社を興していたようです。お子さんもいた様子です。幸福の基準がどこにあるのか、自分でもわからないときがあるのですが、家族や音楽が与える幸福が、経済が与える幸福を上回れなくていいのか。そういう本を作りたいと考えるのでした。

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このページは、karamaruが2010年6月21日 15:00に書いたブログ記事です。

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