「専門家」を疑う。

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こんにちは、からまるです。

今日の午後、さる方と打ち合わせをしていまして、もろもろの話題となったわけですが、時事的要素も強い本なので、どうしても話は福島原発のことに及びます。

といっても、原発の話は設計者や開発者、研究者、専門機関の担当者といった専門家の方々が行う会見やメディアでの寄稿、発言からしか内容をうかがうことができません。専門家のみなさんが専門的な数値を上げて、これはこのケースでは危険だがこのケースでは安全とおっしゃいますが、一方で第一原発二号機では放射性物質が圧力容器や格納容器の壁を突破して外に漏れ出ていたという厳しい事実を突きつけられると、やっぱり「安全と言えるのか」という疑念がアタマをもたげてきてしまいます。

ひょっとして「専門家」が想定していないことは起きていないのか?

今回の津波にしても、「想定外」の高さだったことがわかりました。防災対策の専門家が想定していなかったからといって、専門家の方々がまるで危機意識に乏しかったとは言えません。「五重の壁」を築いた東電の原発も然りです。しかし専門家の方々に対して疑念の情が湧くのは、過去のデータを蓄積した予定調和的世界観の中に専門家のみなさんは住んでいるのではないか、それで大丈夫なのかという漠然とした恐れが、からまるにさえあるからです。

予定調和的世界観の中にいる限り、専門性の高いロジックは盤石です。でも、東日本大震災のような「ブラックスワン」(発生率が限りなくゼロだから将来予測に織り込めないが、発生したら致命的なカタストロフを引き起こす。同名のナシーム・ニコラス・タレブの本は秀逸)に予定調和的世界観で対応している奇妙さを、多くの人が感じているのではないかなと思うのです。

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このページは、karamaruが2011年3月30日 18:43に書いたブログ記事です。

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