『共に在りて 陸前高田・正徳寺、避難所となった我が家の140日』の千葉望さんの3・11は修士論文の審査通過通知で始まった。

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こんにちは、からまるです。

今年の3月11日は日曜日です。それまでに本を発売しようと考えたら、木曜日の8日には取次店に搬入しないといけません。各出版社から東日本大震災1年の区切りに合わせてさまざまな本が出るようです。からまるがいる出版部だけでも、3月8日取次搬入、9日発売の震災関連本が、千葉望さんの『共に在りて 陸前高田・正徳寺、避難所となった我が家の140日』以外に2冊あるくらいです。

それらの本の中でも、『共に在りて』のように震災の当事者(正確には震災の当事者の親族)が執筆する本は、ごく限られることと思います。からまるが千葉さんと知り合ったのは、じつはぜんぜん趣がちがうアート系のお仕事の関係で、合間の雑談でご自身が陸前高田の出身であること、ご実弟が実家の寺を継いで住職を務め、陸前高田市の職員でもあること、お寺が避難所になっていることを聞いたのです。東日本大震災が起きて、書籍編集者として何かしないといけない、でもできることはまずは本を出すことしかないと考えて、からまるは震災後最初の3月22日のプラン会議で、当事者にしかわからない視点のノンフィクションを、震災1年の刊行をメドに千葉さんに書いてもらうというプランを出したのでした。

千葉さんは仏教大学通信教育学部の大学院で修士号を取っています。それも企画立案の大きな理由でした。ご実家がお寺で、ご実弟がご住職、そして著者が宗教学修士。当事者にして、かつ仏教者の視点で、しかも雑誌「AERA」のシリーズ記事「現代の肖像」をたくさん書いている人物ルポの名手である千葉さんが書けば、これはもう他の誰にもマネのできない原稿になるだろうと、からまるは思いました。

それは実現したと思います。

本の冒頭は3・11当日なのですが、その昼前に、千葉さんは仏教大学から修士論文の審査通過の通知書を受け取ったのだそうです。努力が報われたうれしさをいちばん早く伝えた相手が、陸前高田市の正徳寺にいる弟さん夫妻でした。弟さんからは昼休みの時間帯に「おめでとうございます。お仏壇には報告しておきます」という返事がメールで届いたそうです。その2時間後の出来事がなければ、とても満ち足りたご家族とのやりとりだったのだと思います――。

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このページは、karamaruが2012年2月17日 17:51に書いたブログ記事です。

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