陸前高田・正徳寺さんには2回目でようやく辿り着く。

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こんにちは、からまるです。

『共に在りて 陸前高田・正徳寺、避難所となった我が家の140日』の舞台である正徳寺さんは、陸前高田市小友(おとも)町の字両替というところにある真宗大谷派の寺院です。2011年3月11日、陸前高田市を襲った大津波は、標高40メートルの高台にある正徳寺本堂を少し下った墓地の真下にまで及びました。創建400年の歴史でも初めてのことでした。

市役所が作成した小友地区津波防災マップで、この両替地区の一次避難所に指定されていたのは、標高10メートルにある両替公民館でした。津波が来たら両替公民館に逃げるというのが住民共通の約束事だったのですが、今度の津波では浸水するだろうと察知した地域の自治会長兼防災会長の鈴木勇吾さんという方は、近くの鉄工所の従業員の助けを借りて、両替公民館に集まっていたお年寄りたちを、正徳寺よりも高地にある岩伊沢公民館に引っ張り上げたそうです。この行動がなければ、どうなっていたか。両替公民館は直後に浸水してしまいました。

しかしその岩伊沢公民館は手狭で、ストーブもつけられない。避難していた正徳寺の御門徒の相談もあって、正徳寺の庫裏を開けることになったのが、正徳寺が避難所となったきっかけでした。一時は150人もの方がここに集まっていたそうです。

じつは、からまるは、この正徳寺さんを千葉さんといっしょに訪れたことがあるんです。2011年6月23日のことでした。すでに東北新幹線は全通しており、からまるは新幹線で一ノ関まで行き、そこで千葉さんと待ち合わせ、駅前のレンタカーで陸前高田に向かいました。小友町は陸前高田市の東部にあり、一ノ関から市内に入ると、整理が終わった瓦礫があちこちに山のように積まれている光景を見ながら正徳寺に向かうことになります。「うちは秘境の寺」と千葉さんたちが冗談を言っていたというくらい、本当にわかりにくいところに正徳寺はあります。

もっと白状すると、じつは震災後1ヵ月足らずの4月21日にもからまるは陸前高田に入っています。朝7時発の臨時で運航していた羽田発仙台行きの全日空便を利用し、仙台空港周辺の息を呑むような被害状況を見つつも、9時過ぎに市内でレンタカーを借りて行けば間に合うだろうと思ったのが甘かったですね。山中はいいんです。しかし海岸沿いの道はあちこちで寸断され、ナビゲーターがあってもまったく役に立たないのです。結局、陸前高田市には着いても、肝心の正徳寺に着く前にレンタカーの返却時間が迫ってきてしまい、泣く泣く仙台に引き返したのでした。

だから6月に訪れたときのからまるは、「あのとき辿り着けなかった人」という、ちょっと情けないイメージだったのです。でも本当にここは「秘境」なんですよ――。

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このページは、karamaruが2012年2月20日 18:10に書いたブログ記事です。

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