こんにちは、からまるです。
昨日のエントリの続き、正木静修さんの『マントラを掲げよ 信念を戦略に変える力』後半のご紹介です。
金融庁の調査結果次第では、主人公のコンサルタント・黒見がBDDの新たなマントラを掲げるために主導した、BDDが自前のブロードバンド・インフラを持つPCOMの大株主になる戦略が崩壊せざるを得なくなります。金融庁がクロの判定をすれば、BDDは政府に多額の課徴金を支払った上で、BDD株をTOBしなくてはならないからです。BDDの担当専務である地影が暗に求め、黒見が採った方法は、金融庁の担当大臣に直談判することでした。
金融担当大臣の亀岡は、政界に長く籍を置くベテラン政治家で、「四角い弁当箱のような顔」といえば、ああ、あの人かも?と思わせるキャラクターです。黒見は政治家人脈をたどり、亀岡との面会に成功します。しかし亀岡はTOBを使わずに3分の1超の株を一気に取得するやり口そのものに好感を抱いていません。2005年にライブドアが東京証券取引所の時間外取引でニッポン放送株を大量に取得した事件以来、金融庁はこの問題に神経質になっているのです。
だからといって、BDDが買い取る株を減らせば、全株を売却したいフリーダム・グループの意向も、一気に筆頭株主に躍り出ないとPCOM株を取得する意味を失うBDDの意向にも添うことができません。勘のいい亀岡は、黒見の苦境を見透かしたように、こう言い放ちます。
「買い取りの株数減らすも地獄、逆に白紙に戻すと売買契約違反になり多額の賠償金をフリーダムに請求されるから、それも地獄。株式の取得を強行すると、金融庁が黙っちゃいねえから、それもまた地獄ってわけだな。いったん帰って、(BDD社長の)小野澤ちゃんとよく相談してきなさいな。あんたの双肩にかかっているぜこの話は」
(第九章 モメンタム)
まさにこの亀岡の言葉から、黒見の頭の中を閃光のようなひらめきが走ります。3分の1超の株の議決権を信託銀行に信託し、期間限定で凍結するのです。保有株を一時、3分の1以下に押さえて金融商品取引法のTOBルールを遵守し、ほとぼりが冷めた段階でその凍結を解除させるのです。亀岡大臣の任期中は凍結すれば、亀岡のメンツが立つ。それが狙いでした。
しかしこのスキームを持ち帰ったBDDで、黒見は地影の猛反発にあいます。
「そ、そんなばかげたことできるわけないじゃないか! いいかい、われわれは3分の1超の議決権を押さえることができるから、3617億円もの大金をはたいてPCOMに資本参加するのですよ。フリーダム・グループのほとんど言い値でも我慢して買った挙句、議決権も取れなきゃ、俺たちの当初考えていた戦略的構想なんて実現できるわけないじゃないか!」
(第九章 モメンタム)
それに対して黒見は、このように説得します。
「PCOMの事業においては、議決権という数字では示せないパワーバランスが圧倒的にBDDに優位にあるという点も改めてご理解いただきたいと思います」
片岡と地影は互いに目を合わせ、僕の言葉の真意を推し量る。小野澤は上着を脱ぎながら何か言おうとして、いったん止めるが、
「パワーバランスが圧倒的にBDDにあるというのはどういう意味ですか?」
と眼鏡のふちを人差し指で上げながら、僕に訊く。
「ご承知いただいていると思いますが、BDD様が土足でPCOMに踏み込んでいるような印象は実は大きな間違いです。PCOMは、BDDのメガキャリアとしての力なくして将来の成長は望めないと、PCOMの現場やマーケット関係者は理解しています」
「そういう意味で、議決権は一時的に落ちるが、われわれのことを経営的、オペレーション的にPCOMが必要としていると?」
「はい。(中略)本質的に主導権を握るようになる、あるいは握るべきはどちらかということがはっきりする時が来ます。仮に、議決権の凍結が長引いても、BDDの力を必要とする時が必ず来るということです」
(第九章 モメンタム)
一度掲げたマントラを曲げてはならない。どんなに困難が立ちはだかっても、マントラが正しければ、いつかきっと曲げずにいたマントラの通りに現実がついてくる。そういうメッセージを感じます。だからけっしてあきらめてはいけない。こうしている間に、PCOMの筆頭株主の座を奪還しようとTOBを仕掛けていた三友商事の思惑は実を結び、TOB最終日を前に三友商事の保有比率は40.2パーセントと、BDDの3分の1超を上回ることが確実視されることになりました。
BDDはこの戦争に勝てるのでしょうか? 黒見は地影に説きます。からまるがもっとも好きなセリフの一つです。
「途中であきらめて、目指すべき地点への歩みを一度でも止めてしまった人や組織を私はたくさん見てきました。そういう人たちは、あきらめたことで、ほんの一瞬肩の荷がおりても、自らの成長、組織の未来への歩みもそこで止めてしまったことに後で必ず気がつきます。人は面白いもので、あきらめるのはすぐにできてしまうが、途中であきらめてしまったことの後悔の念は、後から後から心に押し寄せてきます。その段階まで行くと、二度と立ち上がれないくらい、あきらめたことがトラウマになってしまう。そして自分や組織に同じような苦境が訪れた時に、また逃げなくてはいけなくなる。組織の成長は、限界を極めようとした時にだけ見えてきます。あきらめないタフさ、一歩踏み出して打って出るタフさというマントラ(信念)を信じてください。そうすれば自ずと、すべきことが見えてきます」
(第九章 モメンタム)