『共に在りて 陸前高田・正徳寺、避難所となった我が家の140日』に愛読者カードがたくさん届きます。

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こんにちは、からまるです。

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本にはさんである愛読者カードの戻り数というのは、たいてい部数と比例するのですが、千葉望さんの『共に在りて 陸前高田・正徳寺、避難所となった我が家の140日』に限っては、そういう常識を覆すくらい異例の数のカードが戻ってきています。やはりこの本を読んだ印象が格別のものなのだと思います。ごく一部ですが、下記のように書いてくださっているカードを拝読すると、それがよくわかります。


「最初に小学六年生の娘に読んでもらいました。娘は◇◇(お名前を伏せます・引用者注)と19歳離れていたので面倒みてもらいました。私は今でも◇◇がいないことが信じられません」(51歳、男性)

「正徳寺は、姉の菩提寺であります。陸前高田市の被災状況は、どんに言葉を以ても表現することはできませんが、私の家も流出いたしました。誰もが予測のできない大震災で、頑張ろうなどと軽々しく言えるものではありません。失ったものが大きすぎました」(70歳、男性)

「「泣かないでほしい」という被災者の言葉、忘れてはいけないし、私も強くならなくてはと思いました」(58歳、女性)

「(岩手)県北に嫁いで四十数年経つが、実家は跡形もなくなり、あまりにも多くの親戚・友人・知人・恩人を失った。ボランティアで何度も被災地に来ている息子に「心のありよう」の参考になればと願って送った。よくぞ書いてくださいました」(74歳、女性)

「自身も津波被害で家を失った経験のある母が、ニュースは辛いといって見るのをいやがったのに、この本は最後まで読んでいました」(42歳、女性)

「大津波により、各県に住んでいた親戚・友人・知人、多くのひとたちが被害に遭遇しました。それぞれ仮設におります。私の生きている限り、共に進まなければと意を強くしています」(77歳、女性)

「ともすれば「○○町をどうするか」「どういう支援策にしていけばよいか」と抽象的に考えがちの立場にあったため、現場での実地の生活情報に不足を感じていました。被害が巨大・広範なために抽象的に思考が流れがちのところに、寺院という空間での記録、省察が一つの戒めとなりました。著者の仏教観による情報発信に期待しております」(54歳、男性)

「ある葬儀会社が東北の被災地に無償でお棺を届け続けたという話を聞いていまして、人を救い生き方を教えている筈の宗教界は何をしているんだろうと思っていましたが、『共に在りて』を拝読して、宗派を超えて連係し被災者を物心両面から支援し寄り添っていてくださったことを知り嬉しく、老年で年金生活で何もできず僅かですが義捐金を送らせていただいています」(83歳、男性)

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このページは、karamaruが2012年6月13日 17:05に書いたブログ記事です。

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