今あえて歴史から抹殺された憲法学者・上杉慎吉に光を当てる理由。

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こんにちは、からまるです。

原田武夫さんの『甦る上杉慎吉 天皇主権説という名の亡霊』について書いた昨日のエントリの続き。この国の形に対して日本人が抱く「確信」に依拠した上杉慎吉の議論は、学界では嘲笑されることになりました。しかし、政界や一般国民の間では歓迎される議論だったようです。

美濃部達吉との「天皇機関説論争」に敗北した上杉は、藩閥勢力の大巨頭であった山縣有朋に接近し、山縣のブレーンとなります。アカデミズムからリアルポリティクスの世界に軸足を移した後は、大正デモクラシーの風の中で台頭する「政党政治」に対する反発から、各地で講演活動などを行います。このあたりの経緯はとてもからまるには要約できませんので、本書を読んでいただくしかありません。

このときの上杉の言説があったらこそ、その後の井上日召の血盟団事件などが生じたことを考えると、あえて今、歴史から抹殺されたかのように忘却されていた上杉慎吉という憲法学者に光を当てた原田さんのセンスの良さを感じます。グローバリズムが当たり前のことになり、そのメリットとデメリットが明確になるにつれ台頭する未来への不安。生活の基盤が破壊されたと感じる方も多いのではないかと思います。

では、自分たちの伝統や文化を守るために、何を破壊すべきで、何を破壊すべきではないのか。日本という国家を他国と違うものにしていると、多くの人が「確信」できるものは何か(いかなる天皇制?)。こうした模索が今の時代にあるのではないかと思いながら、この本の編集にあたってきたのでした。

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このページは、karamaruが2014年10月29日 19:57に書いたブログ記事です。

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