『チーム・ブライアン』に書かれた「ブライアン対決」に敗れた苦悩。

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こんにちは、からまるです。

昨日のエントリ、ブライアン・オーサーさん『チーム・ブライアン』制作エピソードの続きです。初日の取材は朝8時からのスタートでした。からまるにとっては、仕事の稼働時間としてはけっこう早かったのですが、フライト中からずっと眠れなかった極端な睡眠不足と緊張のあまり、かえってハイな気分になっていました。

宿泊先のビジネスホテルの朝食は7時からで、それでは取材時間に間に合わないため、地下鉄駅近くのコーヒーショップで軽く済ませます。以前のエントリで書いた、地下鉄駅とダイレクトに連絡したバスに乗って、朝のクリケット・クラブへ。8時前だというのに、アイスリンクでは、わりと幼いスケーターたちが練習に励んでいます。オーサーさんがレッスンする姿も見えます。

さて時間になり、まずからまるがプロジェクトのプレゼンを行い(といっても準備してきた書面を読み上げただけ)、第一回インタビュー開始となりました。インタビュアーは野口美惠さんが英語で務めてくれました。時系列を追って、まずはオーサーさんの現役スケーター時代の話です。

オーサーさんは1984年のサラエボオリンピック、1988年のカルガリーオリンピックに連続出場し、二大会連続で銀メダルを獲得するという偉業を達成しています。しかし、二度目のオリンピックは地元カナダの金メダルへの期待を一身に背負い、しかも同時期に華々しく活躍したアメリカの人気スケーター、ブライアン・ボイタノとの一騎打ち「ブライアン対決」をマスメディアが煽り、外野席が異様な盛り上がりとなっていました。

その試合のフリースケーティングの動画は今、ユーチューブで見ることができます。スケーティングスタイルが好対照のおふたり。これはフィギュアスケートファンならずとも気になる対決だったと思います。金メダルを期待されながら、結果は総合点わずか0.1ポイント差で銀メダル。

「ボイタノが優勝だと会場にコールされて、私は呆然としました。家族、祖国を含めすべての人を裏切ってしまった気分になりました」(p74)

その絶望感たるや、どれほどのものだったのでしょうか。追い打ちをかけるようにマスメディアは、記事に「オーサー、いまだに負け犬」という、アスリートから見れば実に心ない見出しを付けたそうです。

そのときの悔しさを今もまざまざと思い出すように、オーサーさんは語りましたね。その内容は『チーム・ブライアン』第1章「ミスター・トリプルアクセル」に収録されています。

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このページは、karamaruが2014年11月20日 15:42に書いたブログ記事です。

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