本省でどんどん出世していく「検事畑」、重要ポストに恵まれない「判事畑」の心性が今も!?

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こんにちは、からまるです。

郷原信郎さんと森炎さんの共著、『虚構の法治国家』で元裁判官の森炎さんが描く、裁判官の方々が抱く複雑なコンプレックスの話。その微妙な精神はどこから来たのかというと、戦前の司法制度にあるそうなのです。

戦前の日本では、裁判官の人事権は司法省が握っていました。その司法省人事課を押さえていたのは検事畑(当時は裁判官と検察官の人事上の身分が固定的ではなく、両者の間で入れ替わりがあったそうで、判事畑、検事畑という言い方をされていたとのこと)の人々で、その支配体制は「検事閥」と呼ばれました(p26)。

「判事畑」の人々が司法省の重要ポストに就く割合が低かったのに対して、検事閥の有力者はどんどん出世していく。


森「検事畑の大立て者であった平沼騏一郎は、司法大臣を経て総理大臣になっています。判事畑と検事畑の違いは、歴然としており、検事閥が人事権を握っていただけでなく、判事畑は二流だったのです」

郷原「エリート意識の点でも、裁判官は二流という感覚があったということですか」

森「ええ。(中略)一番重要なことは、それが戦後も引き継がれているということです。その意識や精神風土が敗戦を経ても変わっていないのですね。(中略)それを端的に表しているのが公職追放の統計で、戦後、公職追放となった裁判官はゼロ、検察官は34人だけでした」(p26-27)


検察官一流、裁判官二流という意識。からまるも両者の間にこのような心情が横たわっているとは思いもしませんでした。元裁判官と元検事の対談だからこそ浮上した事実ではないでしょうか。

からまるも仕事で関係した裁判で思ったことがあります。被告とされた側が懸命に主張しても、どうして裁判官は検事の論告通りの判決しか出さないのか。もちろん、検事にその通りの調書を取られているから、と言われてしまうケースもあるのでしょうが、しかし、一般の人は、なんとなく裁判官のほうが検事よりもエラいもの、検事よりも博識で英知を尽くして判断してくれるもの、という期待があるのだと思います。

「裁判官ならわかってくれる」。この淡い期待が、どれだけひどい絶望を生むのか。このことも本書の対談は明かしていきます。

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このページは、karamaruが2015年1月 8日 17:57に書いたブログ記事です。

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