明治時代の炭鉱では女性も男に負けず働いた。

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こんにちは、からまるです。

9月20日に+α文庫で出す山本作兵衛さんの『画文集 炭鉱(ヤマ)に生きる 地の底の人生記録』にまつわるエントリの続き。作兵衛さんは、男だけでなく、女性の強さもたくさん描いています。

明治時代の炭鉱では女性も働きました。新婚夫婦は二人一組になって炭鉱に降りるケースが多く、その場合は、夫は石炭を掘り出す「先山」、妻は「スラ」と呼ばれる、竹を編むなどした、石炭を積み込む箱を引っ張る「後山」となったそうです。このように夫婦で「先山」「後山」を務めた場合、夫婦のどちらかが体調を崩すと仕事ができなくなってしまう危険もあったとか。

女性も身につけるのは腰巻き一丁で、上半身は裸で働いていました。仕事が終わった後の風呂は男女混浴。今では信じられない職場環境ですね。そうした画がたくさんあります。

同じ職場で夫婦共働きでも、家事は妻の役割だったようです。夫は風呂から上がって早々ふんどし一丁で一升瓶から「上がり酒」を呑んでいる傍ら、妻は洗濯や米とぎをしている画があります。かといって彼女たちは、ただのかよわい女性なのではなく、「ヤマの女は気性も激しく、言い込められた亭主は実力行使。だが、女も負けてはいなかった」と、ほうきを振り上げた夫に、お釜の蓋を盾にして対抗する妻が描かれた画もあるのです。

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このページは、karamaruが2015年7月15日 14:26に書いたブログ記事です。

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