「シンギュラリティ」が本当に来るのか来ないのかは別として。

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こんにちは、からまるです。

先週のエントリですこし触れたように、いまAI関連の本を刊行準備中です。8月の+α新書の一冊としてリリースします。

この日記をお読みの皆さんは「シンギュラリティ」という言葉をご存じでしょうか。からまるが知ったのは今年になってから。でもそれはそうとう遅いほうで、2015年頃から一般に言われているようです。その日本語訳は「技術的特異点」。提唱者はフューチャリストとして著名なレイ・カーツワイルで、2005年に米国で「The Singularity is Near」という本を刊行しています。

では、その「シンギュラリティ」の定義は何か。ご本家カーツワイルさんは、「われわれの生物としての思考と存在が、みずから作りだしたテクノロジーと融合する臨界点であり、その世界は、依然として人間的ではあっても生物としての基盤を超越している。シンギュラリティ以後の世界では、人間と機械、物理的な現実と拡張現実(VR)との間には、区別が存在しない」(『シンギュラリティは近い エッセンス版』p15)と記しています。

このカーツワイルの定義を紹介する形で、AIの代表的研究者の一人と目される工学博士の松尾豊さんは、2015年3月に刊行した『人工知能は人間を超えるか』でもっと簡潔に、「人工知能が自分の能力を超える人工知能を自ら生み出せるようになる時点」と定義しています(p202)。また、新書大賞ベスト10に入った昨年7月刊行の『人工知能と経済の未来』の著者、経済博士の井上智洋さんは「コンピュータが全人類の知性を超える未来のある時点」と書いています(P40)。

ただし、松尾さんはそのようなシンギュラリティの到来は「夢物語である」(P203)と即座に否定しているのに対して、井上さんは「カーツワイルの主張に対し学者としての私がとるべき態度は、宗教的に熱狂することでも、「トンデモ」などと言ってその可能性を全否定することでもないと思っています」(P52)と書いています。微妙な違いがありますね。

しかし今、シンギュラリティが本当に来るのか来ないのかは別として、多くの人の目には、それらの本が刊行された当時(昨年でさえも!)では「そんなことあるわけない」と思われていたことを、その後のAIが少しずつ実現しているように見えているのではないでしょうか。また、井上さんが本の中で「この度のAIブームはそろそろ潰えてしまうかもしれません」と書いていたのに、潰えるどころか講談社(アトム)やディアゴスティーニさん(ロビ)がロボットのキットを週刊で発売したり、今週発売の週刊東洋経済がAIの大特集をしたりするなど、一過性でないブームを感じます。

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このページは、karamaruが2017年7月 7日 16:58に書いたブログ記事です。

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