「小泉チルドレン」から「安倍チルドレン」に続く公募議員たちの勘違い。

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こんにちは、からまるです。

昨日のエントリの続き。永田町に「魔の二回生」を生み出す起因となったものは何か? 『プロ秘書だけが知っている永田町の秘密』の著者の見立ては、ずばり「公募制度」です。自民党は2004年にこれを始めました。安倍晋三総理が自民党幹事長だったとき、当時の小泉総理の「郵政解散」選挙で候補者を公募し、多くの公募議員が生まれました。

当選したときは「え、この人が衆議院議員?」と多くの人が驚いた「小泉チルドレン」の杉村太蔵さんは、このとき自民党の公式ホームページを見て公募制度を知り、応募した人でした。一定の手続きに従って審査を受け、面接をクリアすれば党の公認候補になれるのですから、普通の就活と同じです。でも、いまやタレントとして大活躍してはいますが、議員当時にどんな実績を残したか、記憶に乏しいですよね。

「小泉チルドレン」後が2012年総選挙で登場した魔の二回生、「安倍チルドレン」です。あの選挙では与党だった野田民主党が議席数を4分の1に減らす大惨敗を喫し、対照的に安倍自民党は獲得議席294の大勝利でした。同時に大量の公募議員が誕生しました。

著者はかれら公募議員に共通する特徴は、「自分の力で議員になった」と勘違いしていることにあると書いています。実際は党の公認をもらって有権者に選んでもらったのに、就活と同様に自分に実力があるから議員になったという勘違い。公募制度は、世襲議員批判が高まって、一部の特権階級しか国会議員になれないのはおかしい、広く国民が国会議員になれるようにすべきだという趣旨から始まったはず。なのに、どうして世襲議員以上に特権階級気取りの議員をこんなに生んでしまったのでしょうか。

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このページは、karamaruが2018年1月17日 20:23に書いたブログ記事です。

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