karamaru: 2014年3月アーカイブ

こんにちは、からまるです。

石角友愛さんの新刊『可能性(ジーニアス)を見つけよう 世界のエリートから学ぶ自分の枠を突破する勇気』の表紙がもうすぐ校了になりそうです。来週には書影をご紹介しますね。

石角さんはハーバード・ビジネススクール出身ですが、このHBSをテーマにした新しい本もいま進行中です。現在、その原稿整理に追われていて、今日はここまで。月曜日はお休みにします。

それでは来週火曜日に!
学ぶとはどういうことか.jpgのサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像こんにちは、からまるです。

今日は生憎の雨模様なのですが、そろそろ桜の開花が始まったようですね。この時期には経済誌で経済学入門が特集されたりするなど、新年度ムードが高まります。

こういう時期だけではないのですが、時節柄動きがいいように思えるのが、ちょうど2年前に刊行した、佐々木毅さんの『学ぶとはどういうことか』です。ロングセラーとなって、すでに4刷。いつまでも残したい本の一冊です。
こんにちは、からまるです。

ストーリー&キャラクターの作り方オビ付き表紙.jpgのサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像
2011年10月に刊行した沼田やすひろさんの『超簡単!売れるストーリー&キャラクターの作り方、2年ぶりの重版が決まりました!

じつはこの本は、からまるにとっても虎の巻になっているのです。というのは、ストーリーものの原稿を読んで評価する際に、この本に書かれている「ストーリーの13フェイズ」と「8つのキャラクター」が大変参考になるからです。この二つの尺度を当てはめてみると、改善点がたちまちわかるし、筆者の方も納得してくださることが多いですね。

ただし、それらをきちんと踏まえて書くのは、大変むずかしいことでもあります。書き手はそのとき改めて、いまの自分にどんな力が必要なのかがわかるような気がします。
こんにちは、からまるです。

4月25日発売予定の石角友愛さんの新刊『可能性(ジーニアス)を見つけよう』は、シリコンバレーで起業し、グローバルに働く石角さんの生き生きした仕事ぶりが書かれていることも魅力です。仕事上のパートナーは広くヨーロッパやインドに及ぶのだそうです。

そんなの今は当たり前、とおっしゃる方が多いでしょうが、出版界、とくに書籍は、翻訳書に携わらない限り、超ドメスティックで(略して超ドメといいます)、肌感覚ではなかなかそれがわからないところがあります。

たとえば。昨日、英語インタビューを英語で起こしてくれる会社をさがしていて、有力先を見つけました。早速、見積もりを依頼したのですが、返ってきた見積額が、みょうに安いような......。何かの間違いかと思い、電話で「日本語の起こしよりもずいぶん安いんですね」と話すと、「えっ? だって、日本語だと人件費が高いですから」と言われたのです。

英語起こしのほうが日本語起こしよりも高いという思い込みこそ、からまるが超ドメであることの証でしたね。
本日は初校戻しでバタバタ。また明日!
こんにちは、からまるです。

昨日のエントリ通り、石角友愛さんの新刊のメインタイトルが『可能性(ジーニアス)を見つけよう』に決まったのですが、そうすると仮につけていたサブタイトルが、これでいいのか?ということになります。

初校ゲラを丹念に読み直していて、改めて気になるフレーズを見つけました。それは、

「自分の枠を突破する勇気」

というもの。多くの優秀な人たちが一流企業や官庁などに就職したものの、もっと自分には「可能性」があるのではないか、でも何か見えない壁、たとえば組織の都合や性別、家庭事情のために、壁の先に行けない方々がいらっしゃいます。石角さんはそういった方々から、どうしたらシリコンバレーで起業した石角さんのように思い切った選択ができるのか、あるいはどうしたら世界のエリートのように働けるのか、将来のキャリア相談を受けることがあるそうです。

どんな相談に、どんな答えを石角さんが用意しているかは本書を読んでいただかないといけませんが、世界のエリートのように働くスキルやノウハウは頑張れば身につくとして、もっと大事なのが、世界のエリートたちが実践している、この「自分の枠を突破する勇気」だと、本書の序章で書いているのです。

スキルを学ぶ以前に、この勇気こそ大事なのでしょう。そして、その勇気を振るって16歳で渡米してボーディングスクールに入学した石角さんは、まさにその実践者ですし、その勇気を振るった結果、チャンスに恵まれ、さまざまな人々から働き方やキャリア設計を学んでいる。

そうやって考えたサブタイトルが、「世界のエリートから学ぶ自分の枠を突破する勇気」です。
こんにちは、からまるです。

昨日のエントリの続き。石角友愛さんの新刊の仮タイトル「ジーニアスを見つけよう」という文字を前に、何だかやりにくそうな装幀家さんの顔を見て、からまるは説明しました。

「ジーニアスを和訳すると、普通は天才という日本語になるんですが、ラテン語の元の意味は、秘めたる力、ということなのだそうです。天才というと、一部の人を指すことになってしまいますが、石角さんのこの本で言いたいのは、誰もが自分の中に持っている、その秘めたる力、言ってみれば、可能性、でしょうか」

そう自分で言ってみた途端、それもあるな、と思いました。装幀家さんのやりにくそうな表情も変わっています。

でも、「可能性を見つけよう」ではタイトルとして普通過ぎる。では、「ジーニアス」をルビにしよう。石角さんも賛成してくれて、メインタイトルは『可能性(ジーニアス)を見つけよう』に決まったのです。
こんにちは、からまるです。

一昨日までのエントリの続きです。石角友愛さんの新刊のテーマが「ジーニアスを見つけよう」に決まって、仮タイトルもそれで進行してきました。たとえ「ジーニアス」という言葉の意味がよくわからないとしても、その言葉を目にした人には何かピンと来るものがあるのではないか。そう思っていたのですが...。

「うーん、そうですねー」と言われてしまったのです。

実際にその言葉を見て、そう指摘されたのは、装幀家さんでした。装幀の打ち合わせの席で、タイトル周りの説明をしたときのことです。なんだかとてもやりにくそうな感じ。

たしかに、「ジーニアス」というと、一部の人には大修館書店の『ジーニアス英和辞典』を思い出させてしまうかもしれません。ロングセラーの辞書であるという評価はもちろんいいとしても、やっぱり受験とか、参考書とか、お勉強とか、どうしても堅いイメージになってしまう。そんなのもう願い下げにしたいと思う人もいるでしょう(からまる含む)。

そうか、それだと誤解を与えることになってしまうな。からまるはその打ち合わせの場でどうしようかと思ってしまいました。
油断しました、また明日!
こんにちは、からまるです。

4月下旬に出す新刊を準備中の石角友愛さんの前著『ハーバードとグーグルが教えてくれた人生を変える35のルール』(2013年、ソフトバンククリエイティブ刊)を読んだ中で、からまるがもっとも面白かったのは、「ジーニアスを発揮し続けよ」という項目でした。

ハーバード・ビジネススクールのディーパック・マフーチョア教授が学内のスピーチで話したという「ジーニアス」の話――ジーニアスとは、よく非凡な才能とか天才とか定義されることが多いけれども、本来のラテン語が意味するところは、「その人自身の本質的なもの」。したがって、「あなたはジーニアスですか?」と訊ねるのではなく、「あなたのジーニアスは何ですか?」と訊ねてください。自分自身のジーニアスを理解し、それが発揮される選択が、自分の幸せにつながるのです――(p103より)。

このスピーチを聞いて、石角さんは涙が止まらなかったのだそうです。たしかに、人生で挑戦を続ける土台が、このジーニアスという概念にあるような気がします。

石角さんの新刊を作ることが決まったとき、石角さんが考えてくださった本の構成案の第1章が、「ジーニアスを見つけよう」でした。これだ、これだ!と思いました。新刊のテーマが決まった瞬間です。
こんにちは、からまるです。

いま、4月下旬刊行に向けて、石角友愛(いしずみ・ともえ)さんの新刊を準備中です。初稿ゲラが出てきていて、丹念に読み返しているところなのです。

石角さんといえば、異色の経歴で知られています。お茶の水女子大学附属高校を中退して単身渡米、ボーディングスクール(全寮制私立高校)に入学します。16歳のときでした。ここで学ぶのはリベラルアーツ。日本的にいうと「一般教養」となるのですが、心理学や哲学から天文学まで勉強したのだそうです。

卒業後に帰国して、起業家支援ビジネスを立ち上げて3年間運営します。そして再び渡米して、ハーバード・ビジネススクールに入学。学内で出会った男性と結婚し、ハードな勉強をこなしながら娘さんを出産します。ハーバードでMBAを取得後、シリコンバレーのグーグル本社に入社してシニアストラテジストとして働き、2012年に退社、シリコンバレーで起業して今に至っているのです。

こんなすごい経歴の、しかも若い女性の話が面白くないわけがありません。石角さんの前著『ハーバードとグーグルが教えてくれた人生を変える35のルール』(2013年、ソフトバンククリエイティブ刊)を読んで、本のあちこちでなるほどと頷いたものです。
こんにちは、からまるです。

今日のアッパレ本は、ノンフィクション作家の青沼陽一郎さんが1月末に出した『フクシマ・カタストロフ 原発汚染と除染の真実』(文藝春秋刊)です。じつはからまるは、以前、青沼さんの本の編集を担当したことがあります。『裁判員Xの悲劇 最後に裁かれるのは誰か』(2009年4月刊)。もう5年前のことです。

青沼さんは過去に『帰還せず 残留日本兵六〇年目の証言』という秀作を発表していますが、『フクシマ・カタストロフ』はそれも『裁判員Xの悲劇』も上回る傑作になったように思います。

フクシマの未来はチェルノブイリある。青沼さんは25年前に原子炉爆発事故(当地では「事故」ではなく「カタストロフ」と呼ぶのだそうです)を起こしたチェルノブイリ原発を訪ね、まだその地域プリピャチに住まう人々、避難した人々、いまも原発施設で働く人々や医療関係者など多数から、たくさんの肉声を引き出しています。それらのエピソードが、日本の被災地や、食品などで低線量放射線被害を直接間接に受けている宮城や静岡ほか各地での出来事にひじょうに巧みに織り込まれ、まるでこれから日本人が辿る行き先を指す黙示録のようになっています。事実を事実として書くだけでなく、それら事実のさらに上にある、この国の構造を、本全体で炙り出そうとしているように読めます。

とくに第5章「除染と賽の河原」は圧巻です。除染しても、除染しても、時間が経てば雨などの気象変化によって山の木々に堆積したセシウムが流されて集落を汚染する。「やらないより、やった方がまし!」と家屋の屋根瓦をブラシで擦る青年が言ったと本書に書かれていますが(そういえば、一昨日の報道番組で「嵐」の櫻井翔さんが同じ作業を体験していた様子が放送されていました)、著者はこれを、


「賽の河原は、鬼に壊されても、壊されても、繰り返し石の塔を積み重ねる子どもの前に、終には観音様が現れて救っていってくれるという俗信だった。」


と述べて(p254)、そこに「因習にも似た精神主義」を見出しています。たしかに、これが「除染」の真実なのかもしれません。

専門的なエビデンスについても、海洋の放射能汚染を調べるために港々を回って集めた魚を、版元の文藝春秋さんの会議室で解体し線量計で測り、さらに専門機関に委嘱して計測してもらってデータを集めるなど、執念が伝わってきますね。

チェルノブイリの経験は、人間の内部被曝線量は、事故直後ではなく、むしろ10年を過ぎたくらいにピークを迎えることを語っているそうです(p401)。高レベル放射性廃棄物などに比べて、あまり関心が持たれない低線量放射線被曝は、じつは今後、人間にとってひじょうに身近な危機へと変わろうとしています。四川大地震やスマトラ沖大津波の被災現場もつぶさに取材してきた著者ならではの厚みもある作品でした。
ご無沙汰しました、からまるです。本日から再開です。

共にありて.jpgのサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像
今日は3月11日。あれから3年経ったのですね。一つ思い出すのは、2012年の3月に刊行した『共に在りて 陸前高田・正徳寺、避難所となった我が家の140日』の取材のために、著者である千葉望さんと、千葉さんの実家でもある陸前高田の正徳寺を訪ねたときのことです。2011年の秋のことでした。

大きな境内ではさまざまな方々が避難生活を余儀なくされ、しかしそこに共同生活のルールがしっかり確立されている様子を目にしたのでした。一歩、境内から出て、高台の土地から眼下を眺めれば、鉄道の線路が空の方向にぐにゃぐにゃになって伸びている、そんな光景ばかり広がっています。その記憶が消えることはないでしょう。この本のカバー写真と共に。

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